そして10年が経った 2006/06/18
1996年初春、多摩インターネットというプロバイダに加入した。
それ以前は商用パソコン通信でインターネットを利用していた。利用する上で判らないことや困ったことがあればサポートへ問い合わせると、おおよそのことは丁寧に回答してくれる。使用料を払う「顧客」であるのだから当然である。
ところが多摩インターネットの事情はまるで違っていた。質問をしても素人にわかるような丁寧な回答は返ってこない。というより回答を返すサポート担当者そのものが、このプロバイダには存在しない。それもそのはず、多摩インターネットは加入者自身がボランティアな管理者を兼ねる非営利互助会形式のプロバイダだったからだ。
私以外の多くの加入者はどうやらプログラマーやネットワーク管理者など玄人達。加入案内に「手取り足とり教えて貰うというのではなく、自ら勉強して、接続したいと思っている人」と書かれていたので承知の上とはいえ、他の加入者(かつ管理者かつ回答者)たちの発する言葉は意味さえ全く解らない。「お金払って利用するのに、なんでこんな苦労をしなきゃなんないの?」と嘆くこと数知れず。退会しようか迷いながら数ヶ月、運営用メーリングリストを読んでいると、
「スプール領域を食い尽くすからメールを読んだら削除してくださいね」
「無駄なパケットを吐き出し続けてる奴ぁどいつだ〜」
「こんど接続施設の掃除をするので、ふるってご参加ください」
など、まるで自治会かご近所さんのようなやり取り。段々このプロバイダが気に入っていった。微力ながら何かお役に立ちたいものだといつも思っていた。
商用プロバイダには対抗できず会員減少が進み、多摩インターネットは2001年暮れに接続サービスを停止し翌年解散。tama.or.jpドメインのwwwとmailサービスだけは他社に引き継がれた。運営に何一つ参加できず「利用」するだけに終わってしまったことを申し訳なく思っている。
個々のネットワーク同志の繋がりであるインターネットは、商用サービスだけで成り立っているのではなく、多くのボランティアなネットワーク(多摩インターネットがそうであったように)にも支えられている。このことを実際に見聞できたことは有意義だった。
多摩インターネット最初の数ヶ月の経験で、私はインターネットを利用するのにギブ&テイクで臨みたいと思うようになった。多摩インターネットに加入しなければ「デジタルももんが」をはじめることはなかっただろう。私がギブできたのは橋本治著作リストを作成することくらいだったのだから。
6月19日、「デジタルももんが」をはじめて10年が経つ。
少しだけ模様替え 2006/02/20
新刊追加の更新以外、メンテナンスを4年近く行っていなかったので、タグの修正とCSSの手入れをしました。「橋本治インデックス」のPHP+PostgreSQL化を目指して勉強中ですが、こちらは先が長くなりそうです。
続・管理者の個人情報について 2005/03/23
2005年4月1日に施行される個人情報の保護に関する法律に基づき、3月22日付けでJPNICのwhois検索は変更され、2003年5月28日「管理者の個人情報について」で記したwhoisの結果表示は現在、使用できなくなりました。
JPドメインに関しては当面JPRSのJP WHOISで検索可能。検索キーワードに「digital-momonga.jp」として見れば以前と同様の結果は表示されますが、結果への直リンクははれません。これに対応してwebmasterのリンク先をpukiwiki内の記事へ変更しました。
JPRSの登録情報等の公開目的は「JPドメイン名登録情報等の取り扱いについて」を参照してください。上記文書で目的とされた範囲を逸脱する私個人への連絡にはお答えできない場合もあることをご承知おきください。
初めてのこと 2005/03/19
pukiwikiを設置して1年経ち、wikiについてもう少し知った方が良いのではと思い「wiki博覧会」というイベントを見に行きました。
しかし専門家ではない私にとって、ほとんどの内容がチンプンカンプン。こういうイベントに参加するにはそれなりの勉強をしてから臨まないといけないのだろうが、40を過ぎて一からプログラムを習うと云うのも難儀なことかもしれないなと、休憩時間にパイプをふかしながらため息をつくことしきりの土曜の午後でした。NOTAのように素人目でも引き込まれる発表も拝聴できたので、あながち無駄な半日にはならずには済んだのでしたが。
受付をされていた青月にじむさんとyucoさんに挨拶をして、そそくさと帰宅。青月さんの「読むまで死ねるかっ」はpukiwikiを選択する決め手になったサイトなので、お会いできたことを嬉しく思いました。
で、良く考えたら8年以上(途中休業期間はありますけど)「デジタルももんが」をやっていて、初めて「デジタルももんが」を読んだと云う人に面と向かって「会った」のではないか(勿論、既知の友人知人は除いて)と気づき、懇親会に参加してココの感想でも聞けばよかったと、少しばかり後悔。もし今度機会がありましたらよろしくお願いします。
PukiWikiはじめました 2004/01/31
友人からメールで「digital-momonga.jp にBlog はいかがですか?」と勧められたが、Blogにはあまり興味がない。デジタルももんがは基礎文献の整理が目的なので(本当にそんなに大それたことが出来ているかどうかは疑問だが)、どっちかというとBlogする方というよりはBlogに参照・引き合いされる方を目指したいと考えている(いやほんとは橋本治について自分のコトバで語る能がないだけなのだ)。
でも少し変わった趣向でもやってみようかなと思いPukiWikiをはじめてみることにした。情報整理のコラボレーションといえば聞こえが良いのだが、どうなることやら少し心配だ。
お手柔らかにお付き合いください。
管理者の個人情報について 2003/05/28
webmasterに表示される管理者の個人情報は、日本のドメイン名を管理しているJPNIC(日本ネットワークインフォメーションセンター)が公開するデータベース内容へのリンクです。JPINCはドメイン名取得者のデータ公開を原則としています。個人情報が公開される理由は「JPNICのwhoisによる個人情報公開について」と云う文書を参照してください。
JPNICより「digital-momonga.jp」と云うドメイン名を使用させていただいている以上、個人情報の公開は致し方無いと受け止めています。ただし上記文書の目的を越えた管理者個人への連絡にはお答えできない場合もあることをご承知おきください。
再開にあたって 2002/09/03
初夏のある日曜日、街中で偶然、橋本治さんに邂逅した。
数年前にお会いした際に話した「デジタルももんが」のことを覚えていたのか、「ホームページはまだやってるの?」と問われる。「いろいろ理由があってお休み中です」と答えると、橋本さんは「根気がないね、一度始めたものは続けないと意味がないよ」と笑いながら言う。
「神社の門前のダンゴ屋が神社の案内図を売っていると、ダンゴ屋を神主だと誤解する人がいるみたいです。ちょっと疲れてしまいました。」と私が付け加えると、これまた笑いながら「私のファンは疲れるかもね、特に女性のファンは。私はもう慣れちゃったけど」と切りかえされた。「でも根気がないね〜」と付け加えることも忘れないのだから困ったものだ。
7月初旬、TBSラジオ林美雄アナウンサーの訃報を知る。
24年前、彼の「パックインミュージック」でラジオドラマ「桃尻娘」を聴いた。これが橋本作品との最初の出会い。林さんの番組は若い頃の私にとって心躍る深夜の課外授業だった。橋本作品だけでなく沢山の事柄を教えてくれた“恩師”に感謝したい。
「根気がない」のでどこまで続くか分からないけれど、長らく開店休業だった「デジタルももんが」の更新を再開してみようと思う。林さんのように“師”になるつもりは毛頭無いのだが、“図書室の司書さん”くらいならなってもいいと思う。